サラ・ブライトマン
サラ・ブライトマンとは
クラシカル・クロスオーバーのシンボル的存在であるサラ・ブライトマン。
ベスト・アルバム「輝けるディーヴァ~ベスト・オブ・サラブライトマン」は日本だけで発売時に60万枚を突破する大ヒットとなり、ロングセラー中です。
CMや番組テーマなどでも多くの曲が使われ、親しまれています。
サラ・ブライトマンは1960年8月14日英ハートフォードシャー州バーカムステッド生まれ。
非常にユニークなキャリアを積んできた人で、子どもの頃はバレエやジャズ、演技をマルチに習得。
今のクロスオーバー感覚は幼いころに養われていたようです。
子供のころからの要素を活かしてアイリーン・フィリップ(ロイド・ウェバーの「スターライト・エクスプレス」他で有名な振付師)率いるソング&ダンスユニット、ホットゴシップのリード・シンガーとして活躍、シングルとしてリリースした「アイ・ロスト・マイ・ハート・トゥ・ア・スターシップ・トゥルーパー」を全英でトップ10ヒットにしているほどです。
80年代はミュージカル女優として活躍しました。
サラは自らの原点に戻ってステージのミュージカル女優としての道を邁進していきました。その成果がアンドリュー・ロイド・ウェバーの画期的なミュージカル「キャッツ」(81年ロンドン初演)のオリジナル・キャストの一人として起用されたことです。
キャッツはサラ・ブライトマンがミュージカル女優として開眼するきっかけになっただけでなく、ロイド・ウェバーとの公私に及ぶ信頼関係を生みました。
特に音楽面で大きな収穫となったのは、ロイド・ウェバーが作曲したアルバム「レクイエム」のレコーディングと英米における初演となった演奏会です。
テノールのプラシド・ドミンゴやローリン・マゼール(指揮)とのコラボも手伝って、サラはクラシックのシンガーとしても高い評価を受けています。
両者のコラボレーションが頂点に達した作品がミュージカル「オペラ座の怪人」(86年ロンドン初演)
その後、ロンドンとブロードウェイの舞台活動を中心に、クラシック・シンガーやミュージカル女優としてのソロ・アルバムを発表。
92年にはコンサートのジャパンツアーのために来日。これに先駆けて来日記者会見を行い、NHKの紅白歌合戦にスペシャル・ゲストとして参加し、日本でもスポットを浴びています。
アンドレア・ボチェッリとデュエットした「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」が、96~97年にかけてヨーロッパを発信源に世界的な大ヒットとなりました。
この大ヒットは、サラのスタイルを世界中に認知させただけでなく、クラシカル・クロスオーバーが市民権を持ったという点でも画期的でした。
タイム・トゥ・セイ・グッバイ以降の作品では、プッチーニのようなクラシックからアバに代表されるポップス、クイーンのようなロック、ヨーロッパのかくれた名曲、トラディショナル・ソングなど、あらゆるスタイルの曲をサラ・ブライトマン・スタイルで表現しており、クラシカル・クロスオーバーの基本路線を示して現在に至っています。
日本映画「アマルフィ 女神の報酬」では本人自身で登場していました。