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      <title>心を癒すクラシックボイス</title>
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         <title>サラ・ブライトマンとは</title>
         <description>クラシカル・クロスオーバーのシンボル的存在であるサラ・ブライトマン。
ベスト・アルバム「輝けるディーヴァ～ベスト・オブ・サラブライトマン」は日本だけで発売時に60万枚を突破する大ヒットとなり、ロングセラー中です。
CMや番組テーマなどでも多くの曲が使われ、親しまれています。

サラ・ブライトマンは1960年8月14日英ハートフォードシャー州バーカムステッド生まれ。
非常にユニークなキャリアを積んできた人で、子どもの頃はバレエやジャズ、演技をマルチに習得。
今のクロスオーバー感覚は幼いころに養われていたようです。

子供のころからの要素を活かしてアイリーン・フィリップ（ロイド・ウェバーの「スターライト・エクスプレス」他で有名な振付師）率いるソング＆ダンスユニット、ホットゴシップのリード・シンガーとして活躍、シングルとしてリリースした「アイ・ロスト・マイ・ハート・トゥ・ア・スターシップ・トゥルーパー」を全英でトップ10ヒットにしているほどです。

80年代はミュージカル女優として活躍しました。
サラは自らの原点に戻ってステージのミュージカル女優としての道を邁進していきました。その成果がアンドリュー・ロイド・ウェバーの画期的なミュージカル「キャッツ」（81年ロンドン初演）のオリジナル・キャストの一人として起用されたことです。

キャッツはサラ・ブライトマンがミュージカル女優として開眼するきっかけになっただけでなく、ロイド・ウェバーとの公私に及ぶ信頼関係を生みました。
特に音楽面で大きな収穫となったのは、ロイド・ウェバーが作曲したアルバム「レクイエム」のレコーディングと英米における初演となった演奏会です。
テノールのプラシド・ドミンゴやローリン・マゼール（指揮）とのコラボも手伝って、サラはクラシックのシンガーとしても高い評価を受けています。
両者のコラボレーションが頂点に達した作品がミュージカル「オペラ座の怪人」（86年ロンドン初演）

その後、ロンドンとブロードウェイの舞台活動を中心に、クラシック・シンガーやミュージカル女優としてのソロ・アルバムを発表。
92年にはコンサートのジャパンツアーのために来日。これに先駆けて来日記者会見を行い、NHKの紅白歌合戦にスペシャル・ゲストとして参加し、日本でもスポットを浴びています。

アンドレア・ボチェッリとデュエットした「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」が、96～97年にかけてヨーロッパを発信源に世界的な大ヒットとなりました。
この大ヒットは、サラのスタイルを世界中に認知させただけでなく、クラシカル・クロスオーバーが市民権を持ったという点でも画期的でした。

タイム・トゥ・セイ・グッバイ以降の作品では、プッチーニのようなクラシックからアバに代表されるポップス、クイーンのようなロック、ヨーロッパのかくれた名曲、トラディショナル・ソングなど、あらゆるスタイルの曲をサラ・ブライトマン・スタイルで表現しており、クラシカル・クロスオーバーの基本路線を示して現在に至っています。

日本映画「アマルフィ　女神の報酬」では本人自身で登場していました。</description>
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         <pubDate>Mon, 28 Jun 2010 14:42:59 +0900</pubDate>
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         <title>スーザン・ボイル　デビューアルバム　夢やぶれて</title>
         <description>デビューアルバム「夢やぶれて」の全曲

１　ワイルド・ホース
ミック・ジャガーとキース・リチャードが共作したローリング・ストーンズのカヴァーという意表を突く選曲は、サプライズ。

ストーンズ版は、かれらが設立したローリング・ストーンズ・レコードの第1作となったアルバム「スティッキー・フィンガーズ」に初収録されました。アレサ・フランクリンらで知られる米R＆Bのメッカであるマッスル・ショールズ・サウンド・スタジオで69年12月にわずか3日間でレコーディングされた曲。
約40年前の名曲の内省的なテーマを濃縮させたようなスーザンの表現力に魅了されます。

スーザン本人は「ワイルド・ホース」を自伝みたいなものと。そして最初の節は母が自分に話しかけているみたいで力強いと言っています。


２　夢やぶれて
ミュージカル「レ・ミゼラブル」のナンバー。同ミュージカルは、国内の上演を経て、「キャッツ」「オペラ座の怪人」で有名なプロデューサー、キャメロン・マッキントッシュ、英語詞のハーバード・クレッツマーらが新たに加わってインターナショナル版が練られ、85年にロンドン、87年に米日で初演されるや記録的なロングランとなり、世界中で上演されました。

第一幕で薄幸の女性フォンテーヌが自らの不幸を嘆いて歌うこの悲痛な曲は、ロンドン初演ではミュージカルの大女優パティ・ルポンが歌いました。
また、スーザンが尊敬するエレイン・ペイジの持ち歌としても有名です。
スーザンは冒頭の部分をカットして、メロディー部分から歌っています。


３　クライ・ミー・ア・リヴァー
愛の恨み節ともいうべき究極の名曲をスーザンは見事に歌い込んでいるのが印象てきです。
ジュリー・ロンドンの名唱で知られるスタンダードがオリジナルです。

オーディションに先がける10年前に、スーザンが1000枚限定でリリースされたチャリティCD用に録音したことでも有名です。
同CDにプレミアがついたには有名なエピソードです。


４　偉大なるかな神（輝く日を仰ぐとき）
ケルト系のトラディショナル・ソングに通じる心が洗われるような名曲ですが、ルーツは1885年にカール・ボーベルグが書いたスウェーデン語の詩で、メロディはスウェーデンのフォークソングを取り入れています。地理的に近いケルトとの接点があるのかもしれません。
その詩がドイツ語、そのドイツ詩がロシア語などに翻訳されて各国に広まり、1925年になってアメリカで初めて出版されました。

スーザンが取り上げるのはイギリス人宣教師スチュアート・K・ハインによる1949年の英語ヴァージョンで、これが現在では世界的に有名な讃美歌として定着しています。
英BBCが選出した讃美歌では、「アメイジング・グレイス」につづいて　2位にランクしました。


５　愛をこえて（ユール・シー）
80年代から現在までスーパースターとして君臨中のマドンナの作品。
彼女のバラード作品中非常に人気のある曲です。様々なスタイルを持つマドンナは、ヒット・ポテンシャルへのアンテナ的感覚も鋭く、大胆なセクシー路線に挑戦した「エロティカ」のセールス的な低迷を打破するために、清楚なイメージの「ベッドタイム・ストーリーズ」でイメージチェンジに成功。
その延長線上で発表した「ベスト・オブ・マドンナ」に新曲の一つとして録音したのがこの曲です。

スーザンのヴァージョンはヨーロッパ的なクラシック・テイストのオーケストレーションをバックに、ドラマティックに歌い上げるという独特のスタイル。
スパニッシュ・ギターがアクセントになっています。


６　デイドリーム・ビリーバー
日本では忌野清志郎がヴォーカルを務め発表し、様々なメディアで話題になったのは記憶に新しい。
アーティストの加工によっていろいろと変化するポップス・ソングの典型で、スーザンもポップな躍動感を抑えて、ピアノをバックにしっとりと歌いかけています。

オリジナルはテレビと音楽をリンクさせて大成功した人気アイドル・グループ、モンキーズが放った3曲目の全米NO1ヒットです。


７　アップ・トゥ・ザ・マウンテン
コンテンポラリー・フォーク系の歌姫パティ・グリフィンが書き、自ら歌ったスピリチュアルな名曲のカヴァーです。
ブルースやゴスペルの要素もある曲なので、清潔感のあるスーザンのヴォーカルと合うのかなと思いましたが実際に聴いてみると、感情を高揚させるようなグル―ヴ感覚たっぷり熱唱。



８　アメイジング・グレイス
ポップスとクラシカル・クロスオーバーの両面性を意識したこのアルバムの音楽コンセプトの中で、この曲は後者を代弁する選曲です。
ポール・ポッツやサラ・ブライトマン、イル・ディーヴォらアーティストが必ず取り上げる作品を、スーザンはとってもセンシティブかつスピリチュアルに歌いかけています。
「癒しのアメイジング・グレイス」と言えるでしょう。


９　フー・アイ・ワズ・ボーン・トゥ・ビー
唯一のオリジナルソング。後の「この世の果てまで」にリンクする甘美なポップ・テイストをベースにミュージカル・ナンバーやゴスペルのアクセントを加えた曲調ですが、これまでの人生を振り返りながら、さらに前に進んでいく彼女自身を投影したような内容は、思わず涙が出てしまうほど感動的。

彼女自身の詞ではありませんが、ドラマティックなスーザンの人生やサクセス・ストーリーを意識して書かれたと思われます。


１０　プラウド
クラシカルな讃美歌とリンクするスピリチュアル・ソング。
ピアノをバックにスーザンがしんみり歌う曲ですが、中盤で薄くオーケストレーションを挿入するという演出もあり、キャラクターにピッタリの内容に仕上がっています。

このアルバムのプロデューサーであるスティーヴ・マックと、ソングライターとして知られるウェイン・ヘルター、セリーヌ・ディオンなどのヒットメーカーとして知られる大ベテランのアンディ・ヒルという、新旧のヒットメーカーが共作した曲で、レコーディング・アーティストはスーザンが第1号となります。
今後スタンダードになる可能性を秘めた名曲だと思います。


１１　この世の果てまで（ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド）
60年代を代表する典型的なポップ・チューンを、スーザン・スタイルの表現で真摯に歌い込んでいます
オリジナルはカントリー・ポップ系のシンガー、スキーター・デイヴィスが62年に全米2位になったヒットソング。スキーターの他にブレンダー・リーやカーペンターズなど数多くのアーティストがレコーディングしていますが、オトメチックな歌詞のためか、女性シンガーにお似合いの曲です。

弾き語り風のギターをバックにしんみり歌いかけるスーザンのヴォーカルも初々しい。


１２　きよしこの夜
クリスマス・ソングにはかかせない曲です。世界中のだれもが知っているクリスマス・ソングの定番です。1818年に教会のオルガン奏者だったフランツ・グル―バーがジョセフ・モーアの詩に曲を付けて以来、オールタイムの人気を誇る曲です。
クロスオーバー系のアーティストもレコーディングしています。

ここではプロデューサーのスティーヴが前衛的なシンセサイザーを駆使してスペシャルな内容に仕上げました。スーザンをサポートする荘厳なゴスペル・クワイアの効果もプラス要因。


１３　翼をください
日本盤のボーナス・トラックとして収録され、テレビで初解禁されるなど発売前から大きな話題になった曲です。悲痛な悲しみをテーマにした「夢やぶれて」とは対照的な未来に向けた夢と希望を感じさせる曲だけに、スーザンの澄んだ歌声は希望を抱かせてくれます。

日本のフォーク・グループ赤い鳥がシングル「竹田の子守唄」のカップリング・ソングとして発表後、オールタイムの人気を誇り様々なシンガーが取り上げてきました。
学校の教科書で合唱曲として紹介されたり、サッカーの応援歌になるなど、時代の節々で希望を与えてくれた名曲です。</description>
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         <pubDate>Sun, 27 Jun 2010 15:17:06 +0900</pubDate>
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         <title>スーザン・ボイルのシンデレラストーリー</title>
         <description>英国のオーディション番組で「夢やぶれて」を歌った映像がYouTubeで配信されると全世界からアクセスが殺到。たちまち時の人となり、48歳で「歌手になりたい」という幼いころからの夢をかなえたシンデレラ。
またたく間にスターの座に登りつめたスーザン・ボイル。
一瞬にして人々の心をつかんだ”奇跡”の歌声は、どのようにしてうまれたのでしょうか。

スーザン・ボイルは1961年4月1日にスコットランド中部ウェスト・ロージアン生まれ。
学校では落ちこぼれで、イジメの対象になっていたといいます。
独身で両親と暮らしていましたが、父親に続いて97年に最愛の母が亡くなってからはネガティヴな生活を送っていました。しかし、生前の母の励ましを実践するポジティヴ志向に切り換えて「プリテンズ・ゴット・タレント」にチャレンジ。
もっとも、番組に登場してから順風満帆だったわけでなく、セミファイナルで「メモリー」を最後まで堂々の熱唱で歌い上げて見事1位通過しました。
このころになると、恋愛経験がないなど様々なスーザン伝説がうまれていました。

運命の5月30日のファイナルの日、誰もが再び「夢やぶれて」を歌ったスーザンの優勝を確信していましたが、ダンス・グループに敗れて準優勝に終わりました。
そのショックのため落ち込んで入院騒動を起こしてしまいました。

なぜ人々はスーザンに共感してファンになるのでしょうか？
1つは、これまでのオーディション組のスターにあった「若くて、美しく、才能がある」という三拍子揃ったものでなく、彼女が多くの人々が思いこんでいたスター像とは違うキャラクターでったことでしょう。
これまでのスター像とは相反する要因が、逆に人々を共感させたのだと思います。
そしてスーザンの歌声の素晴らしさは、認めざるを得ない本物だったからです。

2010年4月1日、日本で初のスーザンのコンサートが実現。
この日はスーザンの49歳の誕生日。
念願だったオーケストラとの共演を初めて果たし、8000人の大観衆の前で美しい歌声を披露しました。


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         <pubDate>Fri, 25 Jun 2010 14:22:10 +0900</pubDate>
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         <title>アンドレア・ボチェッリ　ポップスアルバム</title>
         <description>CD
●ロマンツァ（1997年）
常連のプロデューサー陣に加えて、カイリー・ミノーグなどで有名なガイ・チャンバーズとスティーヴ・パワーを起用した「新たなる日」を収録。
ロック・テイストも加えた従来の作品とはひと味違うチャーミングなポップ・チューンです。
人気シンガー、エンリケ・イグレシアスが曲作り二酸化したことでも話題になりました。
郷愁を感じさせた前作に対して、現在の彼自身を投影したポジティヴな作品が中心です。

「君の愛なしでは」にジプシー・キングスのギタリスト、マリオ・レイエスを起用。
日本版には12歳のしんじんオペラ歌手ホリー・ステールをフィーチュアした「愛のおもむくままに」やおなじみの名曲「哀しみのソレアード」を含み3曲が収録されました。


●夢の香り（1999年）
「ロマンツァ｝からオペラ作品を挟んで発表したポップスアルバム第2弾で、これまた大ヒットし、彼の世界的人気を実現させた1枚です。
アニメ映画「キャメロット」のテーマ曲用にデイヴィッド・フォスターがプロデュース、セリーヌ・ディオンがデュエットした「祈り」を収録していますが、イタリア語の名曲と違和感のない仕上がり。

また「心の中の彼女」ではエロス・ラマゾッティとのデュエットが実現し、鼻にかかった声質の違う彼と微妙な掛け合いを聴かせて、イタリアの国民歌手同士の夢の競演を実感させます。
レトロな印象を与えるナンバーをモダンに料理した独自性が大きなポイントで、代表曲になった「大いなる世界」やモリコーネ作「ある愛」も収録。


●トスカーナ（2001年）
ポップアルバム第3弾。故郷トスカーナをモチーフにした愛と自然、家族を歌い上げています。
U2のボリが詩を朗読で参加した「出会い」はすべてのリスナーを郷愁に誘う名曲。

前作で意気投合したデイヴィッド・フォスターガ曲を書いた「千の月と千の波」など、心を洗われるような名曲揃い。世界的な名声を確立した彼が、むしろ自らの原点に戻ったようなヒューマンな内容。
「優しさに慣れたなら」で新進女性歌手のヘレナを抜擢したのが話題になりました。


●アンドレア（2004年）

●タイム・トゥ・セイ・グッバイ（ボチェッリ・スーパー・ベスト2008年）
デイヴィッド・フォスターやサックスのケニーGら、豪華アーティストとコラボした新曲4曲を含む5曲の新録を加えた究極のベスト。ベスト盤初収録となるサラとのタイトル曲やセリーヌ・ディオンとデュエットした「祈り」など、ゴージャスな話題性が満載ですが、ワールド・ミュージック的な感触を取り入れた「静寂の声」や初期「ロマンツァ」など内省的な曲から、スケールの大きなドラマティック・ナンバー「メロドラマ」まで、さまざまな名曲をクラシカル・クロスオーバー的コンセプトで収録。
日本版にはヘンリー・ヴァージョンの「誰も愛を知らない」と夏川りみと共演した「ソモス・ノビオス
～愛の夢」がボーナス・トラックとして追加。


●サンタ・ルチア～魅惑のイタリアン・ソングス（2009年）
ボチェッリが子供に親しんだイタリアの名曲を集めたコンセプト・アルバム。
日本人にもなじみのある「フニクリ・フリクラ」やラーラの「グラナダ」からイタリア民謡「サンタ・ルチア」「海に来たれ」、マリオ・ランザの熱唱でも知られているダルドロの「ビコーズ」まで、当時
50歳を迎えた彼の音楽的なバックグラウンドを垣間見たような名曲を歌い上げています。

初回リリース時に加えられた限定DVDには、リタ・ヘイワーやジャックりーヌ・ケネディ、モンローらのレトロな映像が収録されています。


●マイ・クリスマス（2009年）
デイヴィッド・フォスターをプロデューサーに起用した異色のクリスマス・アルバム。
彼が「ほわいと・クリスマス」「サンタが町にやってくる」「ジングル・ベル」を歌うだけでも事件ですが、デュエットのパートナーとして、メアリー・J・ブライジやコートニー・プロディングら豪華ゲストを迎えているのも嬉しい。

特にナタリーコールとの「クリスマス・ソング」とキャサリン・ジェンキンスと掛け合うドラマティックな「アイ・ビリーヴ」はハイライトです。
初回限定版にはLAで行ったスペシャル・ライヴの7曲が収録されたDVDがカップリングされました。


●ヴィアッジョ・イタリアーノ＋2
幻の作品を新装販売。95年にリリースされたアルバムで、同年ロシアにてウラジミール・フェドセーエフの指揮、ロシア芸術アカデミー合唱団を起用し、デジタル・レコーディングされた労作。
プッチーニやシューベルト、ヴェルディなどのクラッシックから「オ・ソレ・ミオ」「はるかなるサンタ・ルチア」などのイタリアン・ポップスで構成した現在のボッチェッリの手法にリンクするコンセプトですが、正攻法の純粋なクラッシックを目指している点が初々しい。
今回の新装盤には「アイ・ビリーヴ」とビゼーの歌劇「真珠採り」から「宵のことだった～神殿の奥深く」を追加。SHM-CD仕様で発売　2800円


DVD
●ライヴ・イン・トスカーナ（2007年）
故郷のラジャーティコ野外特設会場で開催されたワンナイト・オンリーのスペシャル・ライヴを収録。
ヨーロッパの野外コンサート特優ン開放的な空間で、おなじみのナンバーからエルヴィスのカバーのような以外な曲まで、たっぷり披露。
ミュージカル「アイーダ」で当てたヘザー・へドリーやピアノのラン・ラン、サックスのケニーG、ラウラ・パジーニら豪華ゲストが次々に登場します。
もちろん、クライマックスは歌姫サラを迎えた「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」です。
「大いなる世界」や日本用のボーナス・トラックを追加収録したボーナスCD付き。


●マイ・クリスマス・ライブ（2009年）
同名のアルバム制作を記念してLAのコダック・シアターでおこなったスペシャル・ライブの模様を収録。ボチェッリがマペットと一緒に「ジングル・ベル」を歌うなど、楽しい趣向も満載です。
アルバムのレコーディングに参加したナタリーコールやキャサリン・ジェンキンス、メアリー・J・ブライジラ、豪華ゲストの出演も話題で、コートニー・プロディングの曲のみカントリーの女王リーバ・マッキンタイアがパートナーを務めています。
アルバムには1曲目「ホワイト・クリスマス」をラストでゴージャスに決めています。</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">045)アンドレア・ボチェッリ</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 25 Jun 2010 12:42:06 +0900</pubDate>
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         <title>アンドレア・ボチェッリとは</title>
         <description>クラシックとポップスの両方のジャンルで世界的な成功を収めるという偉業を成し遂げたテノール歌手がアンドレア・ボチェッリです。
ロマンティックで情熱あふれる歌声は”神の声”とまでいわれ、世界中の人々を感動され続けています。
4月に2年ぶりに来日して武道館で一夜限りの公演を開催、再び日本のファンを魅了しました。

アンドレア・ボチェッリとは
1958年、イタリアのトスカーナ地方に生まれました。生まれつきの弱視で、いずれ光を失うことが判明。
両親が、音楽好きな彼のためにプレーヤーと多くのレコードを買い、何度もレコードを聴いたので、9才のころにはすべてのオペラを暗記していたといいます。
そのころから、偉大な歌手になりたいという夢が彼に迫っていたようです。

12歳のとき、サッカー中の事故で失明してしまいました。
地元の歌のコンテストで優勝したボチェッリは自信をつけて、ルチアーノ・ベッタリーニに師事するためのレッスン代を稼ぐため、ピアノバーで歌うようになりました。
しかし、親のすすめに従って、ピザ大學で法律学を学び博士号を得て、弁護士として仕事を始めました。

しかし音楽への情熱はさめることなくついには歌手への道へ進むことを決心します。
次にかかわったのが、イタリアのロック・スター、ズッケロです。ズッケロがテノール歌手、ルチアーノ・パヴァロッティのデモ・テープをアシストするアーティストを探していたところ、ボッチェッリに目をとめたのです。
彼をポピュラー音楽に誘ったのが、ズッケロで、ここから彼のキャリアが大きく開けることになるのです。

ズッケロの紹介でシュガーミュージックと契約。94年のサンレモ音楽祭に出場し、一躍注目を浴びます。成功した彼が得た、さらなる栄誉が94年のパヴァロッティとの共演です。ここから2人の強いきずなが結ばれたのです。
こうして、ボチェッリはイタリアの大スターとなりますが、世界的なスターへと躍進したきっかけが、イタリア国内でヒットしていた「君と旅立とう」を英語ヴァージョンにして、サラ・ブライトマンとデュエットした「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」です。

ボチェッリは2000年にはローマ法王の前で歌い、長年の夢であったオペラにも出演。
ポップスとクラッシックの2つの世界で活躍する彼のスター性は、アメリカでも関心を集め、セリーヌ・ディオンとのデュエット「祈り～プレイヤー」が実現。

こうしてイタリア・ヨーロッパ・アメリカと人気が広がり、今やクラシック界とポピュラー界の両方で成功した世界的なテノール歌手として認知されています。
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         <pubDate>Thu, 24 Jun 2010 15:06:54 +0900</pubDate>
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         <title>オリジナルアルバム</title>
         <description>CDオリジナルアルバム

●イル・ディーヴォ（2005年8月24日発売）BVCM-3116　2548円
テレビ出演をきっかけに一大センセーションを巻き起こし、一気にその風がヨーロッパ、アメリカ、アジアへと広がったイルディーヴォのデビューアルバム。
ラグジュアリーなオーケストラをバックに限りなくロマンティックな世界へ。
デビュー前に映画仕立てにつくられた「レグレサ・ア・ミ（アンブレイク・マイ・ハート）と「MAMA」のミュージックビデオも見ごたえのある作品になっています。


●アンコール（2006年3月22日発売）BVCM-38008/9（DVD付き2枚組）　2940円
2005年11月にイギリスでリリースされました。北米リリースは、2006年1月。
ビルボードの総合アルバム・チャートで、初登場1位の快挙を果たしました。
ヒーロー、センツァ・カテーネ、オール・バイ・マイセルフなど耳に馴染みのあるポップスの名曲を唯一無二のイル・ディーヴォ節にアレンジした世界観は、ファンの期待にこたえるアルバム。
アイ・ビリーヴ・イン・ユーでは、セリーヌディオンとのデュエットも果たしています。
日本盤は2枚組で、DVDにはデビュー当時アメリカのゴタムホールで行われたライヴと、デビューシングル「アンブレイク・マイ・ハート」のミュージックビデオが収録されています。


●オールウェイズ（2006年11月29日発売）BVCM-38020/1（DVD2枚組）　2940円
ワールド・ツアー、FIFAワールドカップ公式テーマ曲をはじめとした話題も多く、この年11月に新譜をリリース。4人が一斉にスタジオ入って、歌を収録したのはこのアルバムが初めて。
自分たちにとっては１つの記念碑ともいえる作品と、メンバーが言うとおり、ツアーを経た上でのスタジオ・ワークが光る、聴きごたえあるアンサンブルです。
クラシカル・クロスオーバーの定番「カルーソー」「ユー・レイズ・ミー・アップ」「サムホエア」をはじめ、「サテンの夜」や「ウィズアウト・ユー」といったポップ・ピッツも収録。
中盤に収録されているラテン・テイストあふれる「愛なき人生」は新たな魅力を提示した佳曲です。


●プロミス（2008年11月26日発売）BVCP-21650　2548円
オールウェイズをリリースしたのち約1年の休暇をとったイル・ディーヴォ。その休暇前に、多くのファンに発した「ぼくらは再び戻ってくる！そして、最高のアルバムを届ける」という約束（プロミス）を果たした、2年ぶり4枚目のアルバムです。
なかでも「アダージョ」「アメイジング・グレイス」の2曲のスケール感あふれるアレンジでは、イル・ディーヴォの魅力である”威風堂々”としたヴォーカル・アンサンブルを存分に味わうことができます。


CD企画アルバム
●クリスマス・コレクション（2006年12月6日発売）BVCM-31202　2548円
アメリカでのクリスマス・シーズンの戦略として、アメリカ国内限定でリリースされたアルバム。
数多あるホリデイ・シーズン・アルバムの中で、売上1位を記録し、この勢いが翌年1月にリリースされたセカンドアルバム「アンコール」のビルボード・チャート1位につながっています。
各国からの熱い要望により、1年遅れの2006年に全世界発売が実現しました。
幅広い年齢層をターゲットにした、ロマンティックなクリスマスのひとときを演出するのに最適なアルバムです。

DVD
●アンコールDVD（2006年4月26日発売）BVBM-31059 3990円
セカンド・アルバム「アンコール」リリースに合わせて、スペインの遺跡の街/メリダにあるローマ劇場からの5曲のハイライト曲のほか、メンバーやサイモン・コーウェルのインタビューで綴られるドキュメンタリー、デビュー・アルバムから2曲のミュージック・ビデオが収録されています。


●ライヴ・アット・ザ・グリーク　イル・ディーヴォ　ワールドツアー2006
　（2007年1月10日発売）BVBM-31068　3990円
85公演すべてがソールド・アウトを記録したイル・ディーヴォ初のワールド・ツアーから、2006年6月のロサンゼルス：グリーク・シアターでのライヴDVD.
コンサートに加え、インタビュー、2006年FIFAワールドカップTMドイツ大会の公式テーマ曲であるトニ・ブラクストンとのデュエット曲「タイム・オブ・アワ・ライヴズ」のミュージック・ビデオが収録されています。


●アット・ザ・コロシアム（2009年3月25日発売）BVBP-21079　2940円
4ｔｈアルバム「プロミス」のためのビデオ・クリップでもある今作は、CDレコーディング終了後ノ2008年9月にクロアチアのプーラ円形闘技場で、スペシャル・ライヴの形で収録されました。
プロミスからのハイライト曲5曲に加え、メンバー4人がイル・ディーヴォの過去・現在・未来を語り合うインタビューが収録されています。

CDプラスDVD
●ライヴ・イン・バルセロナ2009（2009年12月9日発売）SICP-2475-6（CD＋DVD2枚組）　5985円
このアルバムは、2009年4月3日にバルセロナのパウラ・サン・ジョルディデのコンサートをほぼ完全に収録したDVDと、その中から11曲を選んでCD化されている豪華2枚組。
なぜ、イル・ディーヴォ現象が世界中を席巻しているか。その理由を納得させられるステージの記録です。これまでのCDには未収録の「明日に架ける橋」「見果てぬ夢」をコンサート来場者へのプレゼントとして歌っています。
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">051)オリジナルアルバム</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 24 Jun 2010 14:00:56 +0900</pubDate>
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         <title>イル・ディーヴォとは</title>
         <description>アメリカ・フランス・スイス・スペインから集まった4人組。
彼らは、オペラ・マナーでポップスを歌います。ひたむきに、切なく、そして情熱的に。
愛の歌をスペイン語、フランス語、イタリア語といったラテン語で歌い、その歌声に世界中が恋におちたかのようです。

アルマーニのスーツを身にまとい、男心をドラマティックに奏でるイル・ディーヴォ。
彼らの過去、現在、そして未来は、極品のドラマで彩られています。

世界中で圧倒的な人気を誇るモンスター・ヴォーカルユニット。
昨年、2年ぶりに来日公演を果たし、エネルギッシュで洗練されたステージでファンを熱狂させました。
その人気の秘密とは？


「メンバー紹介」
◆デイヴィッド・ミラー
　テノール　アメリカ出身
伸びやかな高音とドラマティックな中域　これぞというテノールという美声の持ち主

1973年4月14日、アメリカのサンディエゴ生まれ。デンバーに移った8歳のころから、トロンボーンを本格的に学び始め、ユース・オーケストラの首席をつとめるほどまでの実力を有し、ジャズの勉強もしていたが、歌を選択したのは、高校に入学してからです。
歌の世界にのめり込んだ彼は、オバーリン音楽大学（オハイオ州）に進み、政学の学士号とオペラの修士号を取得。その後は北米やヨーロッパのオペラ・カンパニーに属し、数多くのオペラやミュージカル作品で主役を演じてきました。

イル・ディーヴォのオーディションを受けたのは、パリのバスティーユ劇場での公演後であり、参加の打診を受けたときにはメトロポリタン歌劇場でのデビューも含め、世界各地で4年先までの契約があったときでした。それらをキャンセルして、参加を決めています。

今も、オペラとのリンクを大切にしています。イル・ディーヴォでは「一切オペラ・アリアを歌わない」けれど、ヴォーカル・トレーニングはもちろん、休暇を利用して、オペラやミュージカルをはじめとするコンサートに出演するなど積極的にアクセスしています。

一方、日本が大好きなデヴィッド。独学の彼の日本語によるMCで、日本ツアーは盛り上がります。
どこにでも持ち歩いているビデオ・カメラで制作するミニ・ムービーの腕は玄人はだしだそうです。


◆セバスチャン・イザンバール
　ポップ・ヴォーカル　フランス出身
ポップ・フィールドから唯一参加したメンバー　彼の存在こそが、イル・ディーヴォのマジック

1973年3月7日、フランス・パリ生まれ。4歳のときにデヴィット・ボウイのコンサートにつれて行かれ一気にファンとなり、クラシック音楽が流れる環境のもと、ギター・ピアノ、そして歌を耳から学びました。

2000年にソロ・アルバム「Libre」でデビュー。同時にソングライターとしても活躍を始める。
2002年にはミュージカル「星の王子様」のロングラン公演に主演、そして音楽プロデューサーを務めるなど、着々とキャリアを築きました。

セカンドアルバムのプロダクツに向かっているときに、イル・ディーヴォのオーディションをバスティーユ劇場で受けることになりました。
彼の存在こそがイル・ディーヴォ創造のために必然でありました。また、彼がポップ・フィールドで培ってきたセンスがアルバム作りのアイデアに大きな助けとなっています。

思いを歌に託す、セバスチャンの歌声には、包み込まれるという形容詞が似合います。
そして、時に聞こえてくるフレンチの香りただよう彼の歌い回しに、心地よく気持ちをかきたてられることも。
まさしく、彼の存在こそがクラシックとポップスの融合を絶妙な形で実現させることを可能にし、イル・ディーヴォを唯一無二のヴォーカル・グループに仕立てあげたマジックなのです。


◆ウルフ・ブーラー
　テノール　スイス出身
つややかなテノール、詩情をたたえた歌唱　ジェントルな顔の一方、へヴィ・メタも大好き

1971年7月19日　スイスのウィルサウ生まれ。5歳からバイオリン、10代半ばにはクラリネット、ピアノを学びましたが、10代のころには、地元を中心に活動するロック・バンドのヴォーカルをつとめ、1991年にはアルバムも発表という経歴を持ちます。

しかし、音楽教師になるための勉強をしていくうちに、クラシック音楽に傾倒します。
スイスのアカデミー・オブ・スクール・アンド・チャーチ・ミュージックで音楽教育と政学研究の学位を取得したのち、アムステルダム音楽院で声楽の学位、さらにはフランスのメスにある国立音楽院で歌曲とオペラの修士号を取得、と真面目に目標に向かっていきました。

イル・ディーヴォの活動をしながら、今ではモーターバイクとエレキギターを自由時間の楽しみにしているそうです。
ウルフ・ブーラーの魅力は、過去から現在に至る自らの中に根ざす様々な両極を、絶妙なバランス感覚で管理する、そのクレバーな精神から生まれでてくるものなのです。


◆カルロス・マリン
　バリトン　スペイン出身
バリトンでありながらテナー音域までクリア　会場を揺るがすパフォーマンスは完ぺきなラテン系

1968年10月13日、スペイン人の両親のもとドイツに生まれた。
幼いころからヴォーカリストとしてのキャリアを積んできました。
初めてステージに立ったのは5歳。700人の聴衆の前で「グラナダ」を歌い、歌手になろうと思ったそうです。その後映画「歌劇王カルーソー」をみてマリオ・ランツァのオペラティックな歌声に魅了されたことも、この道に進む大きな引き金になったようです。

8歳のとき、知人のすすめでオランダに家族と移り住み、10歳でシングル2枚、アルバム1枚をレコーディングしています。
その後スペインに移り、マドリッド音楽院で歌とピアノのレッスンを受けつつ、ポップ・ミュージックのコンテストに出て優勝、またテレビにも歌手、プレゼンターとして出演していました。

主要なオペラ作品に出演し、最高のバリトンとの評価を得、スペインのみならず、世界的にもその名を知られるようになりました。

イル・ディーヴォの話がきたときは、すでにベテランの歌い手としてキャリアを築いていたわけだから、当初まったくその気がなかったそうです。
しかし母親や当時つきあっていた女性から勧められたことで、3年以上に及ぶ出演契約をキャンセルし、イル・ディーヴォに参加することを決めたといいます。
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         <pubDate>Wed, 23 Jun 2010 15:53:33 +0900</pubDate>
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